経済活動の分析手法・専門用語を学ぶ
経済活動の分析手法・専門用語を学ぶCFAプログラムで学んだスキルがいくつもの分野で大いに役に立った、と日本で最初のCFA保持者である三國陽夫氏は言う。
Rose Fry著
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三國氏は、証券アナリストの観点から世界的に金融を分析し、多くのことを学んだ。三國氏は、、CFAのプログラムに沿って証券分析のトレーニングを受け、好調だった格付けビジネスを発展させ、さらに経済の大きな問題を分析するようになった。「フィナンシャル・タイムズ」や「フォーチュン」誌に記事が掲載された三國氏は日本の変革を強く主張しており、1999年の雑誌「ビジネス・ウィーク」では「アジアで影響力の大きい50人」に選ばれた。
三國氏の考え方は日本の官僚には受け入れられなかったが、自分の考え方に対して決して言い訳をしなかった。
「私は、体制がどう変わり、効率がどう改善するかを見ようとしている。CFAの資格取得に向けた準備、すなわち財務分析への理解を深めることは、世界の動きを理解するのに本当に役立つ」と語る。
彼の経歴の原点は1950年代に遡る。彼は、米国の高校で1年間を過ごした。このときのマサチューセッツ州滞在中、招待客が夕食の席で株式投資について議論しているのに驚くとともに興味を抱いた。
「当時の日本では、そんな会話は交わされていなかった」と回想する。
彼は、投資についてもっと学びたいという思いを抱きながら、日本に帰国した。1960年代初め、ホンダやソニーなどの日本企業は消費者市場に参入したばかりで、外国の機関投資家の関心を集め始めたところだった。その頃、大学を卒業し彼は、野村証券の社員となった。野村證券は、米国での経験と英語力を買って、ニューヨークで日本の証券を販売させた。 その当時、日本への投資についての情報は米国では希少だった。ニューヨークのアナリストやファンド・マネジャーは彼に質問を浴びせたが、当時はまだ準備不足だった。 |
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Akio Mikuni,CFA |
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彼は、ニューヨーク大学の大学院の授業を受け、会計や企業財務の勉強を始めた。しかし、それでも十分でないことが分かった。即ち、企業を評価し、アナリストやファンド・マネジャーが使える財務報告を書く方法を学ぶ必要があった。
顧客に十分なサービスを提供するには投資についての広範囲な知識が必要なことを認識した彼は、CFAプログラムを受講した。見込み客とともに、財務の細部についても自分自身で学び、日本のアナリストとして初めて日本の証券についての機関投資家向け調査レポートを執筆した。
的確な質問の仕方を学んだ三國氏には、それまで例のなかった日本企業の経営者へのアクセスが許された。その当時、日本のアナリストは企業の投資についての決断や推奨を行う権限のない財務担当者への訪問を許されただけであった。三國氏の説明によると、日本の市場は、主に系列企業の株式持ち合いで機能しており、機関投資家は、目標の投資実績を達成するのではなく、企業間の関係を維持するために株式を購入しており、測定可能な利益ではなく、企業の相互業務の機会を追求していた。しかしながら、その後、外国の機関投資家が日本株を購入するにつれて、日本企業の経営者はアナリストとの面談を歓迎するようになった。
「その当時、外部の証券アナリストの必要性が本当にあった。外国の投資家が、日本の証券アナリストを育てた」と三國氏は語る。
三國氏によると、CFAプログラムで学んだ知識は国際市場で力を発揮するのに役立った。ニューヨーク滞在中に、CFAプログラムのレベルIとⅡを修了し、。日本に帰国して野村証券の企業調査部に配属され、証券分析プログラムの開発を助けた。
三國氏が1969年に日本で初めてCFAを取得すると、国中の注目を集めた。マスコミが殺到し、日本でも個人が投資の世界に参加しただけでなく、成功を収めたとして偉業を報道した。
「私がCFAになったことで、日本人のアナリストも米国のアナリストと対等なレベルでやっていけるというイメージを与えた」と回顧する。
1970年代初めまでには、自分の会社の設立を決断した。
「CFAの資格で私は有名になり、自分の事業を始める自信が沸いた」と語る。
三国事務所は1975年に設立され、コンサルティングと調査のサービスを提供した。その当時、社債を発行していた日本企業はわずか100社程度だった。1980年までに、大蔵省の方針をかわしながら事業を拡大し、日本で最初の独立系の格付機関になった。外国の投資家が三国事務所の主な顧客だった。 |
三国事務所の調査対象企業が増えるにつれて、三國氏は日本経済の変革の必要性を意識するようになった。改革派の急先鋒となり、日本の景気回復の諸問題を警告し、三國氏は調査報告書、論文、著作において日本市場の機能、資金配分、市場政策の効果を分析した。その発言は広く知られるようになり、国際的刊行物にも引用されることが多くなった。
40年以上の業界経験を経た現在でも、三國氏は、日本の個人投資家による市場参加と証券投資の必要性を熱心に説いている。彼は、日本では政府が依然として資産配分で大きな力を発揮しており、個人の持株比率も低い、日本の景気低迷が15年目に入り、日本経済が多くの問題から抜け出すのに証券化が重要な役割を果たす、と言う。
「私の夢は政府による不採算事業の支援を終わらせることだ。それが私の義務だ」と三國氏は語る。
投資の世界に身を置いていた時代を振り返ると、その経歴は株式分析、債券分析、経済分析と進んできた。彼は、そのいずれでも、CFAプログラムで学んだ財務分析手法を利用したと言っている。
「CFAプログラムによって、それらのすべてが可能になった。CFAの資格取得で、経済活動を専門用語で語ることができるようになる」と彼は言う。
日本で最初の独立系格付機関の創設者兼社長で、CFAでもある三國陽夫氏は現在、日本で最も先見性のある経済ウォッチャーの一人に数えられている。三國氏は、CFAの資格を取得した日本で最初のアナリストであり、「円デフレ-日本が陥った政策の罠」、「The Road to Recovery」の著者である。 |
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(本記事はCFA Advantageの記事を和訳したものです。原文はこちらをご覧ください